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大阪地方裁判所 平成元年(わ)3229号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数のうち四〇日を刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、第二東京弁護士会所属の弁護士甲野一郎(以下、「甲野弁護士」という。)と同姓同名であることを利用して、自分が弁護士であるように偽っていたが、

第一  昭和六三年二月下旬ころ、大阪府南河内郡〈番地略〉の自宅で、行使の目的をもって、

一  ワープロを使用して、福井商事こと福井由隆から依頼を受けた土地に関する調査についての鑑定料等として、弁護士会報酬規定に基づき七万八〇〇〇円を請求する旨の「弁護士報酬金請求について」と題する書面を作成し、その末尾付近に「第二弁護士会所属弁護士甲野一郎」のゴム印を押し、それと重ねて甲野弁護士の角印に似せた角印を押して、甲野弁護士作成名義の「弁護士報酬金請求について」と題する文書一通を偽造した。

二  ワープロを使用して、前記金額を協和銀行羽曳野支店の甲野一郎名義普通預金口座に振り込むことを依頼する「振込依頼書」と題する福井商事あての書面を作成し、その末尾に「甲野法律事務所大阪出張所」、「弁護士甲野一郎」と記載して、弁護士氏名の肩書部分に「第二東京弁護士会所属」のゴム印を押し、さらに、その下方に前記角印を押して、甲野弁護士作成名義の振込依頼書一通を偽造した。

三  請求者欄に弁護士の肩書が印刷されている請求書用紙を利用して、ペンを用いて前記七万八〇〇〇円を請求する旨記載し、請求者欄の事務所名欄に、「甲野法律事務所(大阪事務所)」、「大阪府南河内郡〈番地略〉」、弁護士名欄に「甲野一郎」のゴム印を、その氏名の右方に「辨護士甲野一郎職印」と彫った丸印をそれぞれ押し、さらに、その住所氏名等の記載に重ねて前記角印を押して、甲野弁護士作成名義の請求書一通を偽造した。

そして、そのころ、この偽造した三通の文書を真正に成立したように装い、一括して、大阪府下又はその付近から和歌山県有田郡〈番地略〉の前記福井方に郵送し、到達させて行使した。

第二  同年三月一七日ころ、前記自宅で、行使の目的をもって、

一  ワープロを使用して、土地に関する調査結果を報告する内容の「経過報告書」と題する書面を作成し、その末尾に「大阪市南河内郡〈番地略〉甲野法律税務事務所大阪出張所辨護士甲野一郎」と記載し、その氏名の右方に「辨護士甲野一郎職印」と彫った前記丸印を押し、さらに、その住所氏名等の記載に重ねて前記角印を押して、甲野弁護士作成名義の「経過報告書」と題する文書一通を偽造した。

二  作成者欄に弁護士の肩書が印刷されている領収証用紙を利用して、土地に関する調査報告等の費用として一〇万円を受領した旨記載し、その作成者欄の事務所名欄に「甲野法律事務所(大阪事務所)」、「大阪府南河内郡〈番地略〉」、弁護士名欄に「弁護士甲野一郎」のゴム印を、その氏名の右方に「辨護士甲野一郎職印」と彫った前記丸印をそれぞれ押し、さらに、その住所氏名等の記載に重ねて前記角印を押して、甲野弁護士作成名義の領収証一通を偽造した。

そして、そのころ、この偽造した二通の文書を真正に成立したように装い、一括して、事情を知らない上田久に手渡し、上田に前記福井方に届けさせて行使した。

(証拠)

(注) 括弧内の算用数字は、押収番号を除き、証拠等関係カード検察官請求分の請求番号を示す。

1  証人上田久(三、四回)、福井由隆(四、一五回)、南辻忠国(六回)、伊庭正雄(七回)、吉原康文(七回)、井阪誠一(二〇回)、井阪智江子(二一回)の公判供述記載

2  出口昇平(二通)、早瀬浩祐、八木常三、高橋健次、奥野重正、昌山時薫、中村国子、吉澤忠男、甲野豊隆、甲野ツエ、甲野幸夫、甲野雅子、甲野春子、菅美栄子の検察官調書

3  甲野弁護士の告訴状、上申書(二通)

4  捜査報告書(3、7から9、13、14、17、20)

5  電話録取書(10、62)

6  写真撮影報告書(11)

7  鑑定書二通

8  捜査関係事項照会に対する回答書(19、61)

9  戸籍謄本

10  名刺一枚(平成元年押第六六〇号の1)、ワープロ一台(同押号の2の1)、普通預金印鑑届一通(同押号の4)、総合口座・普通預金印鑑届兼暗証届一通(同押号の5)、確認書一通(同押号の6)、職員録二冊(同押号の22、23)、大阪弁護士会報酬規定一冊(同押号の26)、「わかりやすい弁護士報酬」一冊(同押号の27)、金銭貸借契約書一枚(同押号の28)、通知書一綴(同押号の29)

(法令の適用)

(一)  罰条

第一、第二の行為のうち、

有印私文書偽造の点 いずれも刑法一五九条一項

偽造有印私文書行使の点 いずれも刑法一六一条一項、一五九条一項

(二)  観念的競合・牽連犯の処理

刑法五四条一項前段、後段、一〇条(第一、第二の罪をそれぞれ一罪として犯情の最も重い、第一の罪については請求書一通の、第二の罪については経過報告書一通の偽造有印私文書行使罪の刑でそれぞれ処断)

(三)  併合罪加重

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に加重)

(四)  未決勾留日数の算入

刑法二一条

(五)  訴訟費用の負担

刑訴法一八一条一項本文

(争点に対する判断)

一  本件の争点

本件の争点は、被告人が、弁護士の肩書を付けた前記「弁護士報酬金請求について」と題する書面、振込依頼書、請求書、経過報告書、領収証(以下、「本件文書」と総称する。)を作成して行使した事実があるかどうか、また、そのような事実がある場合、被告人と同姓同名の弁護士が実在するなどの後記のような本件の事実関係の下で、弁護士の肩書を付けて実名で本件文書を作成し、これを行使した被告人の行為が有印私文書偽造、同行使罪に該当するかどうかである。

二  本件文書を作成、行使した事実の有無

1  被告人の弁解

被告人は、捜査段階から一貫して、自分が弁護士であると偽ったことはなく、弁護士の肩書を付けた本件文書を作成した事実もないと弁解している。すなわち、被告人は、本件当時「甲野法務税務調査事務所」などの名称で取引先の信用調査等をしており、福井らの依頼により犯罪事実記載の土地調査をした後、「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書、「甲野法務税務調査事務所所長甲野一郎」名義の経過報告書と領収証(いずれも出口昇平名義等書類一綴り―平成元年押第六六〇号の3に編綴されたもの)を作成して福井に渡したことはあるが、それらは、弁護士の肩書を付けた文書ではないというのである。

2  本件が発覚するまでの経緯

前掲証拠によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、昭和六二年春ころ、和歌山県有田郡内において福井商事の名称で不動産業を営む福井由隆は、浦濱稔から、その父浦濱貞三が所有し、中学校グランド用地として大阪市に賃貸中の同市淀川区西三国二丁目一五一番地ほか二筆の土地を担保とする融資の依頼を受けたことから、不動産ブローカー上田久を介し、有田郡内の同業者である出口昇平にこの話を持ちかけた。出口は、時価約一〇億円のその土地を三億円で購入できるとの上田の話により、この融資の件に取り組むことにしたが、大阪市との間の前記賃貸借契約の内容を調査するためには弁護士に依頼するのが適当であると考え、弁護士になったとかねてから聞いていた従兄の被告人に賃貸借契約の内容を調査するよう依頼した。被告人は、依頼を受諾して、そのころ、出口、上田、浦濱稔らとともに、大阪市教育委員会事務局総務部施設課に行き、前記賃貸借契約書の写しを閲覧してその内容を書き写し、また、同年六月九日ころ、契約書の原本を保管する同市経理局用地部用地第二課(当時)に、前記浦濱貞三の依頼を受けた「弁護士甲野一郎」であると名乗って電話をかけ、前記賃貸借契約書の写しを交付するよう求めたが、委任状等の代理権を証明する書類がなければ弁護士であっても交付できないとして拒絶された。被告人は、このような調査を実施したが、その後出口が前記融資の件から手を引くことになったため、出口に前記調査の報酬等を請求したところ、その金額が折り合わず、交渉の末、昭和六三年二月一八日、出口からその報酬等として一五万円の支払いを受けた。被告人は、福井が大阪弁護士会館内の食堂で前記土地の件に関して融資先らと会合をもった際に、福井の依頼により、弁護士として説明するためその場に待機するなどの労をとったことから、その後、福井に対しても報酬等として金七万八〇〇〇円を請求することにし、同月下旬ころ、「弁護士報酬金請求について」と題する文書、振込依頼書、請求書各一通を作成して、これを一括して前記福井方に郵送して到達させた。被告人は、福井が調査を依頼したのは出口であるから調査の報酬等を支払う義務はないが、調査結果を福井あてに報告書にまとめるのであれば、その支払いに応じる旨回答したことから、同年三月一七日ころ、「経過報告書」と題する文書、領収証各一通を作成し、そのころ、福井の依頼により前記報酬等として一〇万円を持参した上田に、一〇万円と引換えに、その二通の文書を一括して手渡し、上田はこれを前記福井方で福井に交付した。そして、その後、経過報告書は、福井から不動産ブローカー南辻忠国らを介して、同年三月二〇日ころ、精密機器等販売業を営む日同物産株式会社の代表取締役である神戸市内在住の八木常三の手に渡り、さらに、同年四月上旬ころ、その写しが大阪府豊中市内において食肉小売業を営むダイリキ食品株式会社の経営者髙橋健次の手に渡ったが、髙橋の相談した弁護士が、経過報告書の内容や形式に不審を抱き、甲野弁護士に問い合わせたところ、甲野弁護士が経過報告書の作成に関与していないことが判明し、本件が発覚した。以上のとおり認めることができる。

3  本件文書の作成者の肩書

前掲証拠によれば、本件発覚後、被告人は、福井らの追及により、弁護士を詐称した事実を認めて、被告人を弁護士として関与させた責任を問われた出口と共に、福井らに五〇〇万円を支払って示談し、その際、福井から本件文書の返還を受けたことを認めることができる。本件文書は、被告人の手に渡ったまま、現在に至るまで発見されていないが、上田の第三回公判供述記載等によれば、上田らは、後日の紛争に備えて本件文書の写しを手元に残していたのであり、捜査報告書(検察官請求番号8、以下、括弧内の算用数字は、押収番号を除き、検察官請求番号を示す。)添付の経過報告書写し、いずれも捜査報告書(3)添付の請求書・「弁護士報酬金請求について」・振込依頼書・領収証(すべて写し)は、上田らが手元に残した本件文書の写し又はそれを更に複写したものと認めることができ、これによると、本件文書の記載内容は犯罪事実記載のとおり(なお、経過報告書の作成者の住所に大阪市とあるのは大阪府の誤記と思われる。)であることが明らかである。

たしかに、被告人が捜査機関に対してすすんで提出した請求書、領収書、経過報告書等(前記出口昇平名義等書類一綴りに編綴されたもの)には、「甲野法務税務調査事務所」など被告人の前記弁解に沿う作成者の肩書の記載がある。しかし、被告人が福井らに対して弁護士を詐称していたことは、福井、上田、出口ら関係者の供述により疑う余地がなく、さらに、出口昇平の検察官調書(34)によれば、被告人は、本件発覚後、出口に指示して、出口が被告人を弁護士としてではなく、「甲野法務税務調査事務所」という調査業を営む者として福井に紹介したことを趣旨とする内容虚偽の紹介状(前記出口昇平名義等書類一綴の一枚目)を作成させるなどの広範な隠蔽工作を行ったことが明らかであるから、被告人が捜査機関に提出したこの請求書等も、被告人が犯行を隠蔽するために本件発覚後に作出したことが極めて明瞭である。

以上のとおり、被告人が本件文書を作成、行使したことは明らかであり、本件文書を作成した事実がないとする被告人の前記弁解は、とうてい信用することができない。

三  有印私文書偽造、同行使罪の成否について

私文書偽造罪は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にその本質があると解されるところ、被告人と名義を冒用されたとされる甲野弁護士とが同姓同名である本件においては、私文書偽造、同行使罪の成否を判断するためには、被告人と甲野弁護士との関係の有無、被告人の弁護士詐称の状況、改名の経緯のほか、本件文書の性質、内容に立ち入って検討する必要がある。

1  被告人と甲野弁護士との関係の有無

甲野弁護士の告訴状、上申書(二通)、電話録取書(10)によれば、甲野弁護士(昭和一五年五月二三日生)は、昭和六〇年四月日本弁護士連合会の弁護士名簿に登録(登録番号〈略〉)された第二東京弁護士会所属の弁護士であり、登録以降本件当時まで東京都千代田区〈番地略〉的場武治法律事務所に勤務していたものであって、本件発覚まで被告人とは全く面識がなかったことを認めることができる。

2  弁護士詐称の状況、改名の経緯

出口昇平(二通)、奥野重正、昌山時薫、中村国子、吉澤忠男、甲野豊隆、甲野ツエ、甲野幸夫、甲野雅子、甲野春子、菅美栄子の検察官調書、捜査関係事項照会に対する回答書(61)、戸籍謄本、名刺一枚(前記押号の1)等によれば、被告人の氏名はもともと「甲野辰雄」(「辰」でなく、「辰」であることに特徴がある。)であり、被告人は、司法試験に合格した事実も、弁護士登録をした事実もないのに、昭和五九年ころから高等学校時代の先輩らに「最高裁判所司法修習生甲野辰雄」の名刺(昌山時薫の検察官調書にその写し添付)を渡すなどして、司法試験に合格して司法修習生となった旨吹聴し、昭和六一年ころには、弁護士になったとして、趣味とする狩猟の仲間に「弁護士甲野一郎」の名刺(前記押号の1)を渡すなどしていた。その名刺の右肩には「的場法律事務所内東京事務所、甲野法律事務所大阪事務所」の所属事務所名が表示され、「東京事務所」の住所等として甲野弁護士の勤務先と一致する「東京都千代田区〈番地略〉電話〈略〉」が、大阪事務所の住所として「大阪府南河内郡〈番地略〉」がそれぞれ記載されていること、被告人は、同年一〇月六日大阪家庭裁判所堺支部で「辰雄」を「一郎」に変更することの許可を求める申立てをし、同月二四日これを許可する旨の審判を経て、同年一一月二一日改名の届出をしたが、事後に改名の事実を自分の両親、姉弟らに正式に伝えることもなく、両親らは本件が発覚するまで被告人の名前が「辰雄」であると信じていたことを認めることができる。

被告人は、公判において、改名の動機について、易者の姓名判断で「辰雄」の名が良すぎるといわれ、かねてから名の変更をしたいと考えていたが、昭和四六年九月に妻春子が長男を出産した際、前置胎盤により帝王切開をしたことがきっかけとなって、名を変更することにし、そのころから「一郎」の名を使用するようになったなどと供述し、さらに、「一郎」名を使用していた証拠であるとして、差出人「甲野一郎」の記載のある狩猟仲間の井筒孝子(たかし)らあての昭和五六年の年賀状二通(前記押号の8、10)や昭和五六年、昭和五九年に受領した「甲野一郎」(同押号の15)、「甲野カツオ」(同押号の14)あての領収証等を提出した。しかし、春子は帝王切開をした事実と被告人の改名とは全く関係がないと証言(甲野春子の第九回公判供述記載)している。また、二通の年賀状は、お年玉くじの番号が連番となっており、偶然というには余りに不自然であるばかりか、井筒孝子とその妻は、年賀状を毎年末に処分するのが長年の習慣であるという(井筒孝子の公判供述記載、井筒カズヨの公判供述)のであるから、これも本件後に作出された疑いが濃厚であるというほかない。領収証についても、文書鑑定用マルチ画像システムによる光線処理により判別した結果(写真撮影報告書1107、捜査報告書1108)によると、同一の機会に記載したように見える「甲野一郎」の「甲野」と「一郎」、「甲野カツオ」の「甲野」と「カツオ」は、それぞれ別の筆記具(インク)により記載されたことを認めることができるのであって、「甲野」あての領収証であったものが後に改ざんされたものと認められる。(なお、別の領収証―前記押号の12には、「甲野法ム税ム(事)」との記載があるが、前記判別結果によれば、同様に改ざんされたものと認められる。)。以上の諸点からすると、被告人が改名の動機として述べるところは、とうてい信用することができない。

前記のように、被告人は、改名以前に司法修習生となった旨を世間に吹聴していたのであるから、つじつま合わせのために改名当時は弁護士であると偽る必要に迫られていたとみられること、改名の時期が甲野弁護士の登録から一年半余り後であること、「一郎」の読みが旧名と紛らわしく、その字も容易に思いつきにくいものであり、また、甲野弁護士が年齢的にも被告人に極めて近いこと、改名に合理的な理由が見当たらないことなどからすれば、被告人において、当初から、甲野弁護士の弁護士資格を利用して弁護士を詐称する目的の下に、改名した疑いが極めて濃い。そうでないとしても、前記のような甲野弁護士の勤務先を記載した「弁護士甲野一郎」の名刺を自分の名刺として使用していたことなどからすれば、被告人は、少なくとも、本件当時、甲野弁護士の存在を熟知した上で、自分が同姓同名であることを利用して、弁護士資格を偽る意図を持っていたことが明らかである。

3  本件文書の内容、性質、作成名義等

本件文書のうち、「弁護士報酬金請求について」と題する書面、振込依頼書、請求書、領収証は、依頼者のために業務を遂行した弁護士がその業務遂行の報酬等を依頼者に請求する根拠、受領する手続、請求の事実、受領した事実をそれぞれ示すものであって、弁護士の資格と密接に関係する文書であると認められる。これらの文書は、主として依頼者である福井らごく限られた関係者の間でしか本来的な意義を持たないものではあるが、「弁護士報酬金請求について」と題する書面は、大阪弁護士会報酬規定が定める弁護士報酬についての一般的な基準をも記載したものであり、また、領収証等についても、納税申告等に利用される場合など依頼者以外の第三者がこれに接する機会がないわけではなく、いずれも第三者との関係で全く意義を持たない文書とはいえない。そして、経過報告書は、市職員らとの面談の結果を端的に記載した内容のものであり、表現も稚拙ではあるが、文書としての本来の性質上は、弁護士が業務の通常の過程で作成する意見書等と同様に、不動産取引等に際して他に転々流通することが予想される一種の証明書であり、そのことは本件発覚の経緯に照らして明らかである。福井も、弁護士名で作成された経過報告書にこのような価値を見出したからこそ、これと引換えに被告人の報酬等の請求に応じたのである。

このようにして、本件文書は、全体として弁護士の資格と密接に結びついた文書であり、弁護士の資格が関係する領域において現実に使用された文書であるが、それが使用されるべき範囲は、福井ら現実に授受された者の範囲にとどまらないということができる。

そして、本件文書には、「第二東京弁護士会所属弁護士甲野一郎」または「甲野法律事務所大阪出張所弁護士甲野一郎」など、作成者が第二東京弁護士会所属の弁護士であるか、そうでないとしても、大阪以外の地域にも拠点を有する弁護士であることを指し示す表示が存在するが、弁護士法によれば、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録されたものだけが弁護士(同法八条)であり、そうでない者が弁護士の標示をすることは同法が厳に禁止するところ(同法七四条)であるから、弁護士の肩書の下に作成された本件文書は、いずれも前記名簿に登録された甲野弁護士が作成したものとして通用すべき文書ということができる。

以上のような本件文書の内容、性質等に照らせば、本件文書に記載された「弁護士甲野一郎」という表示から認識される人格は、弁護士名簿に登録し、弁護士の標示をすることを法により許容されている甲野弁護士であって、同姓同名であるとはいえ、弁護士ではない被告人とは別の人格であるというべきである。したがって、実在する弁護士名を表示する本件文書においては、その名義人と作成者との人格の同一性に齟齬を生じていると認めるのが相当である。

たしかに、本件文書を受領した福井らは、その作成名義人が被告人であると認識していたものであり、被告人とは別人格の甲野弁護士名義の文書であるとの認識はなかったものであるから、その間に人格の同一性についての齟齬を生じていなかったとみる余地がある。しかし、それは、福井らが、本件文書の記載とは別に、被告人や出口の言葉等から被告人に弁護士資格があるものと誤信し、いわば当初から甲野弁護士と被告人は同一人物であると誤信していたことの結果にほかならない。本件文書の前記内容、性質等からすれば、福井らとの関係を殊更に重視することは適当でないが、福井らとの関係でみても、福井らが、被告人の弁護士資格に疑念を抱いた場合には、日本弁護士連合会等に被告人の氏名を述べて登録の有無を問い合わせ、あるいは弁護士名簿で氏名を探索するなどして、被告人の弁護士資格を確認する措置をとることは、十分に考えられるところである。そして、被告人は、まさに、このような場合に備えて、甲野弁護士と同姓同名であることを利用したものということができるのである。したがって、この点は、前記認定の妨げとはならない。また、本件文書のうち、請求書、領収証、経過報告書には被告人方とみられる住所が、また、振込依頼書、請求書、領収証には被告人方の電話番号がそれぞれ記載されているが、これに併せて、「甲野法律事務所(大阪事務所)」または「甲野法律事務所大阪出張所」との大阪以外の地域に拠点を有する甲野弁護士が大阪において業務に従事しているかのような表示が存在するのであり、かつ、本件文書の前記性質等にかんがみると、住所等の記載があるとしても、甲野弁護士がその作成名義人であることに変わりがない。そして、被告人は、弁護士資格を偽る意図を持ち、甲野弁護士がこれらの文書を作成したかのように装うことを企図していたのであるから、犯意においても欠けるところはない。

四  結論

以上のとおり、被告人は、本件文書の作成名義を偽り、甲野弁護士の名義でこれを作成し、行使したものであるから、被告人の行為は、有印私文書偽造、同行使罪に該当する。

(裁判長裁判官仙波厚 裁判官三好幹夫 裁判官平島正道)

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